幸せとは何かを理解するための簡単な考え方をご紹介します
幸せは自分の心が決めるものです。
自分が幸せだと思えば幸せであるし、幸せでないと思っていれば幸せではありません。
このような気分次第のところがあるために、幸せとは何かが分かりにくくなっています。
この記事では、この分かりにくいところを理解するための簡単な考え方をご紹介することで、幸せとは何かの理解が少しでも深まればいいなと思っています。
目次
幸せとは何か
幸せとは何か?
様々な定義もなされているでしょうが、幸せを研究しようとすれば、幸せを感じている人の考え、行動等を調べ分析すれば、ある程度の具体的内容は明らかになります。
例えば、
- ポジティブであること
- 良好な人間関係を持っている
- やりがいのある活動をしている
等があげられ、確かにこのような心がけで生きていけば幸せを感じられる日々は増えていくでしょう。
しかし、ひとつ落とし穴があります。
それは、私たちはいつしか幸せを感じられることイコール幸せにしてしまっているところです。
幸せと幸福感は別なものです。
これを混同しているところに幸せを複雑にしているところがあるように思われます。
幸せと幸福感を分けて理解することで、移り行く幸せではなく、変わらぬ幸せに焦点を当てられるようになり、より幸福感を高められるようになっていくでしょう。
幸せとは存在するもの
幸せとは、存在そのものに附随しているものといえます。
分かりにくい表現かもしれませんが、幸せとは今ここに自分が存在していることに伴って在るもの。
簡単に言うと、生きているだけで幸せというものですが、この言葉だけでは解釈が変わってしまう恐れがあるので、このような分かりにくい表現を使いました。
分かりやすい例としては、失って初めて気付く幸せというものがあり、実際に多くの人が経験されているでしょう。
毎日の生活が大変で辛く感じていたが、災害で住むところを失い、仕事も失ってしまうと、ささやかではあっても家族の営みがあったことの幸せに気付く。
喧嘩が絶えない日々を送っていたけれど、失ってみると感情をぶつけ合い傷つけあっていた日々の愛しさに気付く。
失ってみて初めて気がつくものですが、気付く前からそこに幸福はあったと言われれば確かにその通りです。
幸福感は感じられるもの
幸せは身近に沢山あります。
- 住む家がある。
- 毎日の食事に困らない
- 仕事がある
考えてみれば幸せではありますが、毎日の当たり前の生活のなかでは、気にすることもなく過ぎていて、幸せであっても、いつも幸福感を感じているわけではありません。
幸福感は感じようとしても感じられるものではなく、反応として感じられるという受け身的なところがあるからでしょう。
幸福感は幸せそのものではない
幸福感は感じられるものなので、幸福だと思えないものには感じられません。
生活の向上を目指すのはよいとしても、今の生活では満たされないとして、不満を感じていては、そこに幸福感を見出すことはできないでしょう。
これでは存在することに伴う幸福を否定する結果になります。
幸福感とはその人の感覚であり、人によって違っているだけでなく、自分自身でも気分によって感じられたり感じられなかったりと変わってしまう不確かなものです。
気分によって変わってしまう不確かなものに幸福を求めてしまうと、感情にふりまわされるようになってしまいます。
幸福感とは、幸福のひとつの現れにしか過ぎないもの、あくまでも感覚であって、幸福そのものではありません。
幸せはいつも自分と共にある
- 不安の最中にあっても幸せはなくならない。
- 幸せはあなたの心の中で見落とされているだけである。
という話は理解できたでしょうか。
幸福とは感じられるか感じられないかは別として、自分の存在に伴ってあるものであるから、いつも自分と共にあるものです。
これは、私たちにとても大きな希望を与えてくれるものではないでしょうか。
またこの事実から、他の人と比べるところには幸せはなく、単に優劣を競って幸せだと思えるかどうかに囚われていることに気付くことができます。
他の人と比べるところの利点は、自分の理想像、進むべき道を知るヒントになるところです。
本当の幸せはいつも自分と共にあることを忘れないようにしたいものです。
幸せを感じられるようになる簡単な方法
幸せであっても、日々の忙しい生活のなかではストレスにさらされる機会が多く、幸福感を感じる以上に不安や心配事に意識が向きがちになってしまいます。
ですから、意識して今の幸せを確認していくことが大切になってくるのです。
日常生活の中で意識して幸せに向き合うには、
- 感謝ノートをつける
- 穏やかに過ごす時間をつくる
等の時間を一日の終わりにつくるのがよいでしょう。
感謝ノートをつける
幸せとは感謝できることであると言えるくらいに感謝できる日々は幸福感に包まれています。
感謝の反対は当たり前と言われているように、普段の日常生活は当たり前すぎて感謝が薄れてくるものです。
夫婦の不仲の原因も感謝の気持ちが薄れ、してもらっていることを当たり前だと思うところから始まっていきます。
特に競争社会でもある現代では、感謝を意識して習慣にしていかないと不足ばかりに目がいくようになりがちです。
一日の終わりに今日の出来事でありがたいと思えることをノートに数個書く習慣をつけるだけでも、感謝に意識を向けることができるようになります。
穏やかに過ごす時間をつくる
私たちの日常生活は外部からの刺激に対して反応していることが多く、幸不幸も出来事を通して感じられる反応として、あわただしく受け取っているのが現状です。
こうした中でも時折忙しさから離れ、のんびりリラックス出来ている時に幸福感を感じる経験をされた方も多いと思います。
人と比べてとか、何かを手に入れたとかいう、ざわついた幸福感とは違い優しさに包まれた何ものにも代えがたいものです。
普段の生活のなかでは、いったいどれだけの時間を穏やかな気持ちで過ごすことが出来ているでしょうか。
実際は意識して時間をつくらなければ難しいところがあります。
一日の終わりの感謝ノートをつける時間と組み合わせるのがよいでしょう。
感謝が自然に湧いてくる穏やかな心
感謝ノートを習慣にするために大切になるのは、ざわついた心のままで取り組まないことです。
心が波立っている状態で取り組んでいても効果は薄く、それ以前におそらくすぐに続かなくなるはずです。
ですから、感謝ノートを書くことと、心を穏やかにする時間をつくるのはセットであると思っていたほうがよいでしょう。
穏やかな時間を過ごしていると、普段の生活に自然に感謝できるようになってきます。
穏やかな心の状態自体が幸せであるために自然に気づけるようになるのだと思われます。
心を穏やかにする簡単な方法
穏やかな心とは心の中に雑音のない静寂な状態をいい、静かな時間を過ごす習慣からつくられます。
背筋を伸ばしていれば、椅子に座っていてもあぐらの姿勢でもかまいません。
まずは数回深い呼吸をし、落ち着いてきたら普通の呼吸にもどします。
初めのうちはじっとしていると次から次へと雑念が湧いてきて落ち着かなくなりますが、ここは少し耐えてもらって、居心地の悪さを味わってみてください。
バケツの中の水に混ざった泥が静かにしているうちにだんだん下に降りていき、水が次第に透き通っていくように心に静寂が訪れてきます。
こうして穏やかな気持ちになって感謝ノートに向かえば、自然に感謝出来ることに気づけるようになってきます。
また、感謝に気づくだけでなく、ちょっとしたひらめきを得られることにも気付けるはずです。
まずは静かに過ごす時間を、5分から始めてみましょう。
本当の幸せとは何か
幸せはいつも自分と共にあるとしても、幸せに対して必ず幸福感を感じられるものではありません。
また、幸福感を感じていたとしても、自分さえよければという可能性もあります。
幸せと幸福感は別なものではあるけれども、この2つを結びつけるものとして感謝というものがあるといってもよいかもしれません。
今の自分の存在に対して感謝できているならば、たとえ何かを手に入れたとしても、そこに至るまでに関わってくれた人達、支えてくれた人達への感謝の気持ちに気づきそれが幸福感として感じられることになるでしょう。
まとめ
幸せとは何かの理解を簡単にするために、「幸せ」と「幸福感」を別なものとして考えると分かりやすくなる。
そして、この2つを結びつけるものとして「感謝」がある。
さらに、感謝はしようとしてもすぐにできるものではないが、心を穏かにしていれば自然に気付くようになるという話をしてきました。
私たちは穏やかな心の状態が幸せであることを忘れ、忙しく充実ししている中で何らかの結果を得ることに幸せを求めているところが多くあります。
穏やかな心の状態が幸せのもとにあることを忘れないようにしたいものです。
参考になれば幸いです。